―― Vol.12 アル・ケッチァーノ ――

  2022年7月、言わずと知れた山形県鶴岡市の名店『アル・ケッチァーノ』が20年の歴史に幕を閉じ、約3キロ北へと移転・新築した。そしてそれはただの移転ではない。生まれ変わった『新アル・ケッチァーノ』は2000坪という広大な敷地を誇り、本店『アル・ケッチァーノ』、料理教室も開催されるシェフズテーブル付きの『アル・ケッチァーノ アカデミー』、そして観光バスも停まれるバスロータリーも兼ね備えている。それはもはやいちレストランの規模を超えた「鶴岡・庄内の新観光名所」とでも言うべきものであり、ここを拠点に全国に庄内の魅力を発信しようという意気込みに溢れている。



移転・新築した『アル・ケッチァーノ』


大きな窓から陽が差し込むゆったりとした客席。



窓からは庄内の広大な景色が臨める。


広々とした庭はガーデンウェディング等にも対応してる。



こちらは同敷地内の『アル・ケッチァーノ アカデミー』


同店のシェフズテーブルのカウンター席。別室で料理教室も開催予定。

さっそく、奥田シェフにお話を伺った


これからの地方のあり方を示し、"陰"の町を"陽"の町へ変えていく。

----今回の『新アル・ケッチァーノ』プロジェクトの経緯を教えていただけますでしょうか。

 「本当はオリンピック前の移転を考えていたんですが、コロナになってしまった。おまけにもっと短く終わるのかと思ったら意外と長引いてしまって、色んな業界の方達の元気が無くなってしまった。特に観光業界。オリンピックでの需要を見込んで観光バスも全部新しくしたのに、コロナで300万人いた観光客も150万人まで減ってしまった。すべて空振りに終わってしまったんです


■奥田政行オーナーシェフ

 「だから、東北を元気にする。庄内・鶴岡への観光客を200万人増やす。重要文化財も東北で2番目に多い。食材のバリエーションも世界一です。魅力はいっぱいある。だからそこを推していく。コロナ後の新しい世界、地方のあり方を示していく。それが今回のアル・ケッチァーノです」

----奥田シェフは22年前に『アル・ケッチァーノ』を開業されたときも庄内食材の魅力をPRすることを根幹に置かれていました。

 「最初の10年は〈地産地消の10年〉として取り組んできました。そして次は〈地産他消の10年〉だと考え、全国各地にプロデュース店を作ってそこに庄内の食材を送り込み、魅力をPRしました。そして次の10年、これからは〈地産訪消の10年〉です。観光客にたくさん来てもらい、庄内の食材を味わってもらう。そのために『アル・ケッチァーノ』を移転・新築した。これからは奥田政行のシェフズテーブル付きの観光プランだったり、アル・ケッチァーノの料理教室付きの観光プランなんかを企画していく。団体旅行にも対応できるよう観光バスも停まれるようしました」

 奥田シェフは続ける。

「僕が『アル・ケッチァーノ』を開業してからの20年でユネスコの食文化創造都市への認定までこぎつけて、ようやくこの町は陰の町から陽の町になった。しかしそれがまたコロナで陰の町になってしまった。それを、また陽の町へ変える。それが目標です


生産者との強い繋がり。「あの人たちがいなければ料理はできない」

----奥田シェフは以前から庄内食材のPRをする際に、生産者の方にスポットライトが当たるよう意識されてた印象があります。

 「自分の特性をわかってるから。僕は本当は表に出るタイプではなく2番手タイプで人に尽くすことが大好き。でも庄内で表に出る人がいなかったから神輿に担がれただけ。だから生産者の方にスポットライトが当たるようにしてる。昔の料理人は生産者の方に対して横柄なのがたくさんいたけど、僕は"生産者の人たちがいてはじめて料理ができるんだ"とずっと思っていた。だからこそ生産者の方たちに尽くそうと全国のプロデュース店で庄内食材の魅力を伝えて「食の都庄内」のブランドを作った。ブランドを作れば価値が高まるから、農家はこれまでよりも高値で生産物を売ることができるので、それで生産者の方たちの収入を400万まで増やそうと。そうすれば大卒の初任給より高くなるから後継者もつきます。実際、全員後継者がついたんです。農業が悪かった時代を変えることができた

----奥田シェフがご自身では2番手タイプと思ってらっしゃることは意外でした。シェフにとっては本来スポットライトが当たるべきは生産者の方で、シェフはその魅力を伝える立場というスタンスなのでしょうか。

 「そう。農家は昔からスポットライトを浴びてこなかった。でも光を当てると良い食材がいっぱいあるんです。そういう食材を育ててくれる生産者の方がいて初めて僕は料理ができる。自分にはできないことをやってくれる全ての人達に感謝することが大事。以前お店の水道が壊れたときに大変な目にあったけど、そのときも"ああ、こういう上下水道があるからお店ができるんだな"と痛感した。だからどんな仕事にも感謝しなきゃいけない。全ての人達がいて、そのおかげで飲食業ができる。そしてそれが僕にとっての幸せなんです


 
■この日いただいたメニューの一部「だだちゃ豆とカニとレタス」(上)と「外内島きゅうりのフェデリーニ」(下)。だだちゃ豆と外内島きゅうりはどちらも庄内の在来作物。控えめな味付けで食材本来の味が楽しめる。だだちゃ豆の豊かな香り、外内島きゅうりの心地よい苦味が絶品




【生産者の会】
奥田シェフは兼ねてから普段お世話になっている生産者の方たちを招いた「生産者の会」を定期的に開いている。写真はインタビュー当日の夜、移転後の『アル・ケッチァーノ』にて初めて開催された「生産者の会」にて挨拶する奥田シェフ。生産者の方たちとの繋がりを大事にする奥田シェフらしい取り組み。



〈グルマン世界料理本大賞〉の受賞とユデロン

 さて、奥田シェフは『アル・ケッチァーノ』の移転に先立つこと今年6月、スウェーデンで開催された世界中の料理本の中から部門毎のグランプリを選出する〈グルマン世界料理本大賞〉にてグランプリを獲得されている。


■授賞式で賞状を手にする奥田シェフと主催者のコアントロー氏

 今回奥田シェフがグランプリを獲得されたのが2020年12月に発行した『パスタの新しいゆで方ゆで論』(上の写真でコアントロー氏が手にしている)。奥田シェフがかねてより提唱されている新しいパスタのゆで方「ゆでて、ゆすぐ」という手法を豊富なレシピとともに一冊の書籍にまとめられたものである。マルゼンではこの奥田シェフの『ゆで論』を1台で実現する特注パスタ釜『ユデロン』を独自に開発、奥田シェフにご愛用いただいている。


----〈グルマン世界料理本大賞〉のグランプリ受賞、おめでとうございます。

 「ありがとうございます!マルゼンさんのユデロンのおかげです(笑)

----恐れいります(笑)。早速こちらの『新アル・ケッチァーノ』でも1台導入していただいております。使い勝手はいかがでしょうか。

 「もう便利すぎちゃって。言うなればマニュアルの車がオートマチックになった感じ。それぐらい使い勝手が良いです」

【ユデロン】
今回『新アル・ケッチァーノ』に導入いただいた当社特注パスタ釜『ユデロン』。奥田シェフいわく「夢のマシーン」。右側がパスタのゆで槽、左側が茹で上がったパスタをゆすぐゆすぎ槽となっている。従来はゆで上がったパスタを真お湯を入れた寸胴鍋でゆすいでいたが、この『ユデロン』によってパスタのゆで作業とゆすぎ作業が一台で効率良く行える。さらにゆで槽には塩分濃度計を搭載しているため、適正な塩分濃度のチェックができるほか、ゆすぎ槽は湯煎としても使用できる。


----受賞されたときはどんなお気持ちでしたか。

 「色んな人達の助け無くしては達成できなかったことなので。最初に受けたテレビの取材でも"地元の皆さんにありがとうと伝えたい"って言いました」

 ちなみに奥田シェフは2017年にも独自の料理理論や庄内地域の食文化を紹介した「食べ物時鑑」でグランプリを獲得しており、今回の「ゆで論」で通算2度目のグランプリ獲得となる。庄内の食材へのスポットライトはもはや世界から当たっていると言える。


「料理」とは何か。

----ゆで論の内容を拝見させていただいたのですが、調理手法はとにかく「ロジカル」の一言に尽きるという印象を受けました。

 「そう。わからないことをわからないままにしない、とことん追求するというのが僕のスタンス。夜中に1人で黙々とやるんです。そうやって全てのレシピの最適解を見つけていく」


■料理について生き生きと語る奥田シェフ。

 「料理とは簡単に言うと、"生きてた物の命を沈めて、その物に最も適した熱媒体を選び、最も適した温度で火を入れる"ということ。例えば水分が多そうな野菜だったら、熱媒体は空気が良い。水分を蒸発させて美味しくできるから。つまり"ロースト"。匂いや臭みが全くなくそのまま食べたい食材ならば熱媒体は水蒸気が良い。つまり"蒸す"。毛穴に汚れ(アク)がいっぱい溜まってそうな食材だったら熱媒体は水が良い。つまり"ゆでる"。適切な温度と、適切な熱媒体がわかれば、食材というのは反応して"ドロン、パッ!"って美味しい料理に化けるんです

 
■「稚鮎と茄子のオーブン焼き」(左)と「羊のカツレツと糸カボチャ」(右)。程よい苦味の稚鮎と甘みを引き出した茄子の組み合わせ、まるで臭みの無いジューシーな羊肉と付け合せの糸カボチャ。どちらも火の入れ具合が見事な一品。


「料理も人も同じです」奥田シェフとマルゼンが目指すもの

 「そしてそれは料理も人間も同じです。人間同士も気持ちと気持ちがつながると反応を起こして思いが実現する。例えばマルゼンさんは僕にはできない"機械を作る"という得意技を持っている。そうして出来上がったのが『ユデロン』。そして僕はその『ユデロン』を使うことで、ここ庄内の最高の食材を集めて最適な調理法で人を感動させる料理を作ることができる

 「僕もマルゼンさんも"人を感動させたい"というゴールは同じ。そこに向かってマルゼンさんの得意技"機械を作る"、僕の得意技"料理"、これを組み合わさると化学反応が起きて、"人を感動させる"というゴールが実現できるんです。」


■奥田シェフの魔法は続く。「鴨とからだけのスープ仕立て」(左)と「豚のグリルとスイカ」(右)。鴨は程よく赤みの残る絶妙な火の通し加減。からだけのさっぱりした食感との相性も抜群。豚のグリルとスイカは意外過ぎる組み合わせだが食べてみると驚くほどよく馴染む。



やはりキーポイントは動線!「イタリアンとはサッカー」

----それではいよいよ厨房についてお伺いしたいと思います。今回の厨房でこだわったったポイントはどこでしょうか。奥田シェフと言えば「動線にこだわる」というイメージがあります。

 「そう。やはり重要視したのは動線。イタリアンってサッカーなんですよ。つまりスポーツ。臨機応変に目の前の状況に合わせてパッパッと動かなきゃいけない。だからスピードが要求されるんだけど、それには狭い方が良いんです。2歩も3歩も歩く必要がないから。だから通路幅も最小限にしてる。これはすれ違うのに問題は無いけど両サイドに手が届く幅になってる。そして手前のデシャップに料理が集まってくるという流れになっている」


■厨房のメインの火の元となる向かい合わせたガスレンジとガステーブル(奥には『ユデロン』)。この通路幅と配置にもこだわりが。

 「これがイタリアンに最適な通路幅」と奥田シェフは断言する。やはり動線には並々ならぬこだわりようだ。



効率化だけではない、若手の育成や将来も視野に入れたレイアウト

 火の元エリアのすぐ隣には当社製プリンスデッキオーブンのほか、ミキサーやパコジェットなどが設置されているコーナーがある。

 「ここはお菓子を作るパティシエコーナー。今まではお菓子は別の部屋で作ってたんだけど、メイン厨房の中に入れることでパティシエの作業を若手のシェフが目にすることができるようにした


■パティシエコーナーに導入いただいた当社製プリンスデッキオーブン(上)。作業スペースにはパコジェットも設置(下)


 なぜそういう配置にしているのだろう。

 「やっぱり人件費が高くなっている時代だから。いまパティシエの募集をかけると皆凄い金額を提示してくる。それだけデザートが作れるスキルは価値があるということ。だったら『アル・ケッチァーノ』の若手もここでパティシエの作業を見て覚えた方が良いと思った。パティシエとしてのスキルも身につけることで彼らの将来がもっと豊かになる

 なんと先ほどの向かい合わせたガスレンジ、ガステーブルも同じ考えだと言う。

 「ガスレンジとガステーブルを向かい合わせることで、お互いがお互いの手元を見ることができる。それが良い勉強になるんです。それにお互いの作業内容を普段から見ていれば、いざ忙しいときにお互いがフォローし合えるんです」

 お店の効率化だけでなく、若手シェフ達の育成や将来も見据えたレイアウトになっている。しかし驚くのはここからだ。『アル・ケッチァーノ』の厨房はこれで全てではない。


■味・温度研究室


■植物研究室


■魚研究室


■食肉研究室


 なんとメイン厨房の他に総勢4つの研究室があるのだ。これは一体どういうことなのだろう。

 「ここはそれぞれの食材について勉強するスペース。うちにくる若い子たちはみな料理について勉強熱心だから教育環境を整えたかった。それに今の若い子たちはあまりコミュニケーションを取ってきてないから、どうしても1人で没頭する時間が必要。厨房だと慌しくて落ち着かないけどここならしっかりと食材に向かいあうことができる

 「この4つの研究室を合計すると恐らくメイン厨房より広い」とのこと。奥田シェフの若手の教育・育成に対する並々ならぬ熱意が伺える。


とにかく使いやすい!マルゼンの厨房機器

----『ユデロン』をはじめとしてガスレンジやガステーブル、プリンスオーブンやスープレンジと当社の厨房機器を数多くお使いいただいてます。使い勝手はいかがでしょうか。

 「もう僕は手がマルゼン仕様になっているから(笑)。他所の製品を使うとなんか使いづらくて、"外国人仕様なのかな?"なんて思ってしまう。それぐらいマルゼンさんの製品が手に馴染んでる。マルゼンさんの製品の良い所はとにかく動作が軽いこと。動作が本当に軽いので使いやすい。助かってます」


■今回『アル・ケッチァーノ』には多くのマルゼン製品を導入いただいた。


取材を終えて

 さて、この日は奥田シェフにリニューアルオープン直後の忙しい中インタビューさせていただいたばかりでなく、夕刻より開催された「生産者の会」にも参加させていただいてしまった(記事中での料理写真はそのときのもの)。奥田シェフが普段お付き合いをされている地元庄内の生産者の方たちを招いての会だったが、20~30代の若い世代の方が驚くほど多かったことを申し添えておきたい。年々高齢化が進む一次産業において驚異的なことである。
 続々と会場に現れる参加者の方たちの若さに驚き、つい奥田シェフに「皆さん若い方が多いんですね」とお声がけしたところ、「この辺りの人達はみんな後継者がついたんです」と感慨深げな奥田シェフが印象的だった。奥田シェフの長年の取り組みの結果であることは想像に難くない。

 地元庄内に根ざし、地元庄内とともに歩み続ける奥田シェフ。奥田シェフのこれからの〈地産訪消の10年〉に注目だ。


奥田政行オーナーシェフPROFILE

山形県鶴岡市出身のイタリア料理人。渋谷万葉会館での修行後、鶴岡ワシントンホテルの洋食料理長など歴任。2000年に地元のこだわり食材を使ったイタリア料理店『アル・ケッチァーノ』をオープンする。
2003年から酒田調理師専門学校で3年間講師をつとめ、2004年には山形県庄内支庁より、庄内の食材を全国に広める「食の都庄内」親善大使に任命される。
2006年、テレビ番組『情熱大陸』で紹介され、その後イタリアのスローフード協会国際本部主催の「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される(日本からは11人)。2012年にはスイスダボス会議における「Japan Night 2012」において料理責任監修を務めたほか、イタリアローマ法王やダライラマ14世に謁見。
そして2016年、イタリアミラノで開催された世界野菜料理コンテストThe Vegetarian Chanceにアジア代表として出場し、世界各国約1000人から3位に入賞する。
さらに料理本世界一といわれる「グルマン世界料理本大賞」では2017年5月、2022年6月に2度グランプリを獲得。2022年7月には『アル・ケッチァーノ』を移転・新築し、さらなる活躍を続けている。


奥田シェフのお店

― アル・ケッチァーノ       
山形県鶴岡市

― ヤマガタ サンダンデロ     
東京都中央区銀座

― ファリナモーレ         
山形県鶴岡市

― 織音寿し            
東京都中央区銀座

― アル・ケッチァーノコンチェルト 
山形県山形市

― アル・ケッチァーノ       
宮城県石巻市

― イリエスケープ         
神奈川県横浜市

― イル・フリージオ        
東京都港区虎ノ門


奥田シェフプロデュース店

―ラ・ソラシド           
東京都墨田区(東京スカイツリー

―サーラ ビアンキ アル・ケッチァーノ、
 イル・ケッチァーノ ミエーレ    
三重県三重郡菰野町

―NOUNIYELL             
三重県多気郡多気町

―のじまスコーラ           
兵庫県淡路市

―島の台所 Shima Classic        
広島県廿日市

―Restaurant Cocon          
神奈川県鎌倉市

―restaurant umigot          
長崎県南松浦郡新上五島町

―PIZZASTA              
福島県伊達郡桑折町

―TO 今日 BAR            
東京都千代田区丸の内

―イル・ケェッチァーノ        
埼玉県吉川市/石川県白山市


―― SHOP INFO ――

アル・ケッチァーノ

〒997-0806 山形県鶴岡市遠賀原字稲荷43
Tel. 0235-26-0609
営業時間 Lunch.11:30-15:00 (13:30L.O.)
     Dinner.18:00-22:00 (20:30L.O.)
定休日  月曜日(祝日の場合、翌火曜日)

公式サイト
公式instagram