―― Vol.13 紀伊乃国屋 ――
「コロナ禍における観光・宿泊業界」と聞くとどうしても「苦境」というイメージが湧きがちだ。緊急事態宣言下での行動制限はもちろん、大人数が集まる施設を避ける自粛ムードなど、苦しい材料は枚挙に暇が無い。
そんな中、千葉県は安房郡鋸南町に「コロナ禍でも客室稼働率が90%を超える」という絶好調の旅館がある。蛭田憲市社長率いる紀伊乃国屋グループだ。鋸南町を中心に、現在8つの旅館・宿泊施設・カフェを経営している。
「予約の取れない宿」としても名を馳せるその快進撃にはどんな秘訣があったのか。蛭田社長にお話を伺ってみた。
蛭田憲市社長
「ここはコロナ前にも台風19号が来てうちも大きな損害を受けて、世の中も大変だ大変だって大騒ぎだった。でも台風の2ヶ月後に東京に行ったら東京は元気で何ともなかったんだよね。そのときに「東京が元気ならいけるな」って確信した。だから翌年にコロナになったときも、世の中は大変だって言って実際大変だったけど、ここ(鋸南町)って東京から近いじゃない?もちろん近いだけでみんな来てくれるわけじゃないけれども、料金に対する満足度をしっかり高めて、個々のサービスをしっかりやれば関係ないって思えた」
とは言え、コロナ禍を跳ね返すような集客はどのように実現したのだろうか。
個々のサービスに注力した従来戦略がコロナ禍にマッチ。
紀伊乃国屋グループの特長として、個人のお客様にフォーカスしたサービスがあげられる。同グループの大半の施設のお食事は部屋食となっており、中には「amane」のように敢えて半調理したお料理を提供し、最後の仕上げをお客様自身が行うことで食事時間を自由に調整できるよう配慮されている施設もある。他にも大浴場ではなく客室に露天風呂が備え付けられていたり、離れの一軒屋のような施設もあったりと、お客様の時間を極力邪魔しないような気配りが随所にされている。観光業界の需要が団体客から個人客へと変化しているというのはよく言われることだが、紀伊乃国屋グループが個人のお客様にフォーカスした理由はなんだったのだろう。
「うちも昔は団体のお客様に泊まってもらって宴会を一晩楽しんでもらって、とかやっていた。ただそれをやるには代理店を通さないとならないのでどうしても手数料が取られてしまう。だったら、代理店を介さないでお客様に直接来てもらって、その手数料分をお客様に美味しいお料理で還元しようと思ったのが最初のきっかけだった」
「それで、じゃあ稼働率の低い平日に来てくれるお客様ってのはどんな客層なんだろうって思ったら、"個"だったんだ。小家族とかお2人様とか。それでそういう"個"の需要が増えてきているのを感じたので、うちもどんどんそっちに切り換えていった。宴会場も潰して、部屋食にして、どんどん"個"にフォーカスしていった。そんな所に今回のコロナが来たんだよね」
部屋食や個室風呂をスタンダードとした紀伊乃国屋グループの従来戦略が、他者との接触を避けるコロナ禍において需要が拡大したのは想像に難くない。「世の中の元々の"個"のニーズにコロナが拍車をかけた。そこにうちのやり方がどしゃーんと合っちゃった。」と蛭田社長は笑う。
ビューを意識した旅館作りがSNS時代にマッチ。
「それでもう一つがね」
蛭田社長は続ける。
「もともと紀伊乃国屋はビューが無い所で商売してたから、ずっとビューに憧れがあったわけ。こう、海がバーンと見えるとかね。それで2015年に「ゆうみ」を作ったときに、海のすぐ近くの思い切りビューが良い所の物件(もともと東京都の施設だった建物)だったから、「ゆうみの"み"は"見る"の"み"だ」って考えて、とにかくビューの良い施設にしようと思って、海が見えない部屋は全部潰したんだ」
「旅館で部屋を潰すのってすごい勇気いるわけ。だってレストランで言えば客席を減らすようなもの。そのぶん売上が落ちてしまう、やりたくない、でも、敢えてやったんだ。"見る"っていうことに拘ったから。逆に海が見えるのに活用されてなかった場所にはお風呂を作ったり、テラスを作ったりした。それも"見る"っていうことに拘ったから。そして今度はそれがInstagramとばっちり合ってしまった」
「最近のトレンドとして、ホテルや旅館側がPRする言葉ってもうお客様には聞いてもらえなくて、実際に宿泊したユーザーがYoutubeやInstagramで発信した言葉しか信じてもらえない。だから紀伊乃国屋グループはそこに刺さるサービスを凄く意識してる。シェアしたくなるサービスだったり、シチュエーションだったり、お料理だったり。だからやっぱり、稼働率が高い施設ほどSNSによくアップされているね」
蛭田社長の言葉どおり、Instagramで検索すると紀伊乃国屋グループの施設に宿泊したお客様の投稿は数多く出てくる。「実際に宿泊したユーザーの生の声」としてSNS上で発信されることで、紀伊乃国屋グループの大きなPRになっているのだ。
リゾートサウナ施設も充実。
さて、同グループの魅力として近年サウナに力を入れている点も紹介しておきたい。2021年にオープンした「はなれ橘」「amane」はなんと客室にバレルサウナが設置されている。部屋付きのサウナなので完全貸切で利用でき、自分だけのサウナ時間を満喫できる。
「はなれ橘」「amane」に導入されているエストニア製のバレルサウナ。部屋付きなのでゆっくりとサウナを楽しむことができる。
そして翌2022年には完全予約制のカフェ併設型のサウナ施設「ゆうみ Sauna Cafe」もオープンしている。
確かに近年サウナブームではあるが、同グループがサウナに力を入れる理由はなんなのだろうか。「自分自身がまずサウナが好きっていうのはあるんだけど」笑いながら蛭田社長は続ける。
「サウナを楽しむ時間っていうのは大体2時間ぐらいなんだけど、これが旅館の時間軸と凄く相性が良い。まず旅館って15時チェックインじゃない?そうすると夕食までの空いた時間にちょうどサウナがぴったりハマるんだよね。2時間サウナを楽しんで部屋に戻ると、もう身体中力が抜けて動きたくなくなってる。でもサウナに入ったからお腹は空いてくる。そうやってひと休みしてると食事の時間になってお料理が運ばれてくるわけ」
「サウナで空腹が促進されるからお料理も美味しく感じるし、夕食後にまたサウナに入るともう寝る時間で、おまけにサウナの効果でよく眠れる。翌朝目が覚めたらまたサウナに行くと今度は朝食が美味しく感じる。旅館の時間軸にサウナってぴったりハマって、おまけに満足度もアップするんだよね」
しかし、ブームなだけに「選ばれるサウナ」であり続けるには不断の努力が必要だと言う。
「例えば女性のお客様から"サウナの後に肌が乾燥する"っていう声があったからフェイスパックをアメニティに追加することにした。あとは"髪がパサつく"っていう意見もあったからシャンプーとドライヤーをもっと質がいいのに変えたりとか、他にもデトックスウォーターの種類を増やしたりとか、備え付けの椅子を使い勝手の良いのに変えたりとか、とにかくもう日々改善だね。でも、常連のお客様ほどそういう小さい変化に気が付いて喜んでくれる」
"旅館の経営と一緒。いかにお客様の声を拾うかが大事だね"と蛭田社長。
使い勝手の良さからスチコンは2台導入。
それではいよいよ厨房にお邪魔させていただく。今回は数ある同グループの施設の中から「さざね」と「amane」の厨房に案内していただいたのだが、どちらの厨房でも当社製のスチームコンベクションオーブンが2段組で使われていた。
もともと、2015年にオープンした「ゆうみ」で初めて当社製のスチコンを導入(このときは1台)していただいたのだが、その使い勝手の良さを評価していただき、その後オープンした「さざね」「amane」では続けて2台ずつ導入していただいた。調理としては主に蒸し物・煮物にスチコンを使用しているそうだが、夕食時には保温として活躍していると言う。
「2台導入したことで違う温度帯での使い分けが可能になった」とは料理長の弁。
「いまこちらのスチコンは上段がスチームの100℃、下段は75℃で連続運転をしています。なぜ75℃かと言うと、下段でアンコウの煮物を保温しているのですが、火入れ加減を微妙にしているので100℃で保温すると火が入りすぎてしまう。素材にダメージを与えないギリギリのラインが75℃なんです。ですので使用する温度帯はメニューによって変えています。茶碗蒸しを保温するときは100℃だと"す"が入ってしまうので85℃にしたりとか、豆乳を使ったメニューだと100℃だと分離してしまうので80℃にしたりしています。デリケートな食材のときには風量を落としたりと色々と調整できるのが良いですね」
2台のスチコンを温度帯ごとに使い分けることで、美味しいお料理の提供に役立っていると言う。
非日常を演出するスペシャルなプライベートキッチン。
続いて「amane」の客室に案内していただいた。先述したとおり、ここ「amane」は敢えて半調理したものを提供し、お客様自身が最後の仕上げをすることで食事時間を自由に調整できるのが特長の一つになっている。当然客室にキッチンが必要となるため、当社にて製作させていただいたのがこちらのプライベートキッチンである。
オールステンレス、フルオーダーの特注キッチン。デザインから施工までかなりの手間暇がかかっている。
蛭田社長は言う。
「紀伊乃国屋グループは宿泊していただくお客様に非日常を味わっていただくことを大事にしている。であれば、客室のキッチンだって特別なものを用意しなきゃならない。普通の家庭用のキッチンを入れるわけにはいかないよ」
弊社の担当営業マンも「何か特別なモノの提案をしたかった。デザインから製造・施工まで挑戦の連続だったが無事完成できて良かった」と感慨深げであった。
故郷にかける想い。
「千葉県はもの凄いポテンシャルを持っている。なのに誰もそれを知らない、活かせてない」と蛭田社長は言う。
「まず豊富な海の幸。伊勢エビだけじゃなくてノドグロやアマダイ、ハモなんかも獲れる。これからはワカメの季節だしね。余り知られて無いけど千葉県は牛肉や卵の産出額も全国で7位。つまり豊富な食の資源がある。おまけに黒潮の影響で気候も温暖で過ごしやすい。もう咲いてる桜もあるよ。自然も豊かで海も綺麗で温泉も沸いてる。なのに都心から1時間で来れちゃうんだ。このポテンシャルを活かさないのは勿体無いよ」
蛭田社長は壮大な計画を話してくれた。
「フランスのニースのような格好良いリゾートビーチを作りたい。千葉県にはそれだけのポテンシャルがある。これからコロナも終わってみんなまた旅行に行くようになって、インバウンドも復活して外国人観光客も増えてくる。観光客にいっぱい来てもらえれば、地元も潤って、雇用の創出もできて、若者だってこの街に居付くようになる。かつて賑やかだった故郷の街をまた夢のある街にしたい」
紀伊乃国屋グループの躍進はまだまだ続きそうだ。
―― SHOP INFO ――
紀伊乃国屋グループ
千葉県安房郡鋸南町竜島970-6
Tel. 0470-55-1571
公式グループサイト
【グループ店舗】
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